SSブログ

最期の飛行 [歴史]

 映画、もうどのくらい見ていないだろう。最後に見たのは「スパイダーマン」だったか。けして嫌いではなく、学生時代はちょくちょく映画館に足を運んでいたのだが。長時間じっとしていられない性分なので、どうしても足が遠のいてしまう。

 そんな中、久々に我慢してでも見たいと思わせる映画が現れた。女流飛行家、アメリア・イヤハートの人生を取り上げた「アメリア~永遠の翼」(主演・ヒラリー・スワンク)だ。

 アメリア・イヤハートほど、日米で知名度に差がある人物はいないだろう。おそらく彼女を知る日本人はかなりの少数派に属するはずだ。片や、米国では10本の指に入る超有名人とされる。だからおととし米国で封切られたと知ったとき、日本では公開しないものと思っていた。夫役を務めたリチャード・ギアの人気を当て込んだのだろうか。

 彼女が活躍したのは1920~30年代。特に1932年、単独・無着陸での大西洋横断を成し遂げたことが、彼女を一気に時の人たらしめた。人類初の達成者はその5年前に飛んだ、あのチャールズ・リンドバーグだ。アメリアの快挙は女性初となるが、米国人を熱狂させた点では人類初の快挙に負けていなかった。

ブログ・アメリア・イヤハート.jpg
          (アメリアの大西洋横断は全米を熱狂の渦に巻き込んだ)
              

 1920年代、米国は第一次世界大戦の後遺症に苦しむ欧州をよそに経済発展をひとり謳歌し、完全に世界の主役へとのし上がった。そして世界で初めて大量消費社会を出現させ、大衆に支えられた英雄たちを次々と輩出していく。その代表的存在がリンドバーグであり、野球のベーブ・ルースであり、ボクシングのジャック・デンプシーである。アメリアもその一人だった。

 アメリアの場合、女性の社会進出を象徴していた点や、大西洋横断飛行が32年の出来事で、世界恐慌で打ちひしがれていた人々を励ました点が、やや異質といっていい。その分、英雄の要素をふんだんに持っていたと言えるかもしれない。

 自身は田舎生まれの素朴な人柄の持ち主で、飛ぶことが好きでたまらず、華やかな舞台を望んでいたわけではない。ただ世間の方が一介の飛行機乗りにとどまることを許さなかった。顔こそ十人並みながら、すらっとしてロングドレスがよく似合うことから、雑誌の表紙を飾ることもしばしば。大量消費時代にふさわしく、彼女の名を冠した商品も数多く登場した。

 彼女の人生はこれまでにも幾度となく映画の題材とされてきた。その活躍がいかに深く、米国人の記憶に刻み込まれているかが分かる。

 映画の題材として好まれる理由はおそらくもう一つある。

 1937年5月、40歳のアメリアは赤道上世界一周飛行の達成を目指し、航空機関士のフレッド・ヌーナンと共に米国を飛び立った。そして南米、アフリカ、アジアを経て、ひと月あまり後の6月30日にはニューギニア島北東部のラエに到着した。次の目的地は約2500マイル先にある南太平洋のホーランド島。そこまでたどり着けば米国本土は目前だ。世界一周は達成されたも同然といっていい。

 だが、彼女がホーランド島にたどり着くことはついぞなかった。搭乗機のロッキード・エレクトラ共々、忽然と姿を消してしまったのだ。

ブログ・ロッキード・エレクトラ.jpg
   (アメリアが航空機関士のフレッド・ヌーナンと乗り込んだロッキード・エレクトラ。燃料をなるだけ多く積み込むため、二人の間はタンクで仕切られ、メモを竿でやり取りして会話した)
                   

 消息を絶った7月2日の朝7時42分(現地時間)、彼女は補給支援のためホーランド島付近で待機していた沿岸警備隊の巡視船イタスカ号に、こんな無線によるメッセージを送っている。
 
 「イタスカへ。私達はあなたたちの上にいるに違いないが、あなたたちが見えません!燃料は不足しています!あなたたちからの無線通信も聞こえません!高度1000フィートを飛行中」

 その口調はかなり焦っていたという。次いでその約1時間後の8時43分、
 
 「私達はいま157°-337°線上にいます。6210キロサイクルでこのメッセージを繰り返します。聞き続けてください!」

 と、いよいよ切羽詰った声で連絡してきた。157°-337°線というのは、北北西=南南東を結ぶ線上にいるという意味。あとは南北方向の位置線さえつかめれば機体の正確な位置が分かる。だがそれからしばらくして、「疑問を感じる」「南北線上を飛行中」という言葉が聞こえた後、通信は途絶えてしまった。

 謎の失踪はさまざまな憶測を呼び、やがて一部米国人の間では日本軍関与説がささやかれるようになった。日本の海軍に救助された、あるいはサイパンに連れて行かれ、処刑されたとするものだ。皇居で軟禁され、日本の降伏直前に殺されたという「トンデモ説」すら登場した。

 ラエからホーランド島へは、日本が委任統治領として事実上支配していた南洋諸島の南をかすめるようにして飛ぶ。〝日本領〟に入り込み、救助される可能性は確かにあった。

 米国側のある資料には、彼女が付近を航行していた水上機母艦「かもい(神威のことか)」に救助されたとの記述があるという。

 フレッド・ガーナーというジャーナリストは、1960年にかつて南洋庁の副支庁が置かれていたサイパン島を訪れ、彼女をこの目で見た、あるいは飛行機が不時着したのを見たなどとする現地住民の証言をいくつか得ている。

 また東京新聞は1970年、少女時代をサイパンで過ごした日本人の杉田美智子という人による、「巡査部長だった父親からアメリアが処刑された事実を聞いた」との証言を載せている。

 こうした事実と絡め、実は彼女が米国のスパイで、南洋諸島を偵察するため飛行ルートをわざと外れたとする見方も提示された。

 アメリアは時の大統領フランクリン・ルーズベルトと親しく、世界一周に際しては米軍の全面的なバックアップを受けている。消息が途絶えると、米国政府は戦艦レキシントン以下、多くの艦船を現場に急行させ、大規模な捜索を行った。捜索にかかった費用は400万ドル以上に及んだとされる。こうした事実がスパイ説の根拠とされた。

 当時の米国は、ウェーク島→グアム島→フィリピンと、給油しながら島づたいに太平洋を横断する「アイランドホッピング」による航空ルートを確保してはいた。だがこのルートは南洋諸島のど真ん中を突っ切るもので、日本と戦争になった場合は使えない。当時オーストラリア領だったニューギニア東部と、アメリアが遭難する2年前に米国領となったホーランド島をつなぐルートが確立されれば、両国にとって防衛上この上ない利益となる。

 この時期、日米間の交流はまだ少なくとも表面上は平和的に行われていた。遭難は日本でも報道され、日本政府は米国政府の要請を受けて捜索に協力している。しかし一方で両国関係が険悪となり、第二次大戦の足音が聞こえ始めていたのも事実であった。

 そんな日本軍関与説だが、日本人には幸いというか、やはり憶測に過ぎないようだ。

 まず「神威」が救助したとする説。これは1980年代に入って当時の乗組員が週刊新潮(だったか)で近くにはいなかったとして全面否定しており、それを裏付ける日誌も存在するという。

 やや意外だが、当時のサイパンにも外国人の訪問はわりあいあった。現地住民の証言は彼ら訪問者と混同し、記憶が曖昧になっている可能性がある。それに杉田美智子はこの年、日本に帰っていたようで、しかも父親からの伝聞だから、これを以ってアメリアがサイパンで殺されたと断定することはできない。

 スパイ説もおそらくないだろう。遭難後の大規模な捜索は、彼女が国民に愛されていたことの現れでこそあれ、日本軍の動向を知りたかった、あるいはスパイである証拠を握られたくなかったことを示すとは言い得ない。彼女は燃料確保のためエレクトラを改造し、余計な物を一切積み込まなかった。その事実は、むしろルートを外れる余裕がなかったことを物語っている。軍に協力できるとすれば、せいぜいフライトに関する情報を飛行家の立場から提供することぐらいだったろう。

 アメリアが遭難した7月2日からわずか5日後に盧溝橋事件が起き、日中戦争の本格的な火蓋が切られた。日本としては南洋諸島の防備に気を配る余裕はなかったはずだ。それでもこの年、ようやく南洋諸島での飛行場建設を始めているが、まだとても飛行場と呼べるシロモノではなかった。この時期にアメリアを使って日本軍の動向を探ろうとしたのなら、それは無駄に近い努力だったといえる。

 結局のところはホーランド島を見つけられずに燃料切れ、もしくは機械トラブルで墜落したか、不時着したと考えるのが妥当だろう。海底に沈んだとすれば見つけるのはまず無理といっていい。海に沈みながら発見された船にあのタイタニック号があるが、あれは沈没した原子力潜水艦を調べる過程で偶然発見されたものである。そのタイタニック号も2100年ごろにはバクテリアによる腐食が進んで崩壊すると予測されている。

ブログ・アメリア 永遠の翼.jpg
          (驚くほどアメリアそっくりな点はさすがハリウッド映画)
             

 ともあれ、「アメリア~永遠の翼」はそうした事実をどう描き出しているのか。楽しめる作品か否かは別として、気になる映画ではある。ハリウッド映画は驚くほどリアルでレベルの高い作品を生み出すかと思えば、娯楽を追求するあまりリアルさを欠き、物議を醸すことも往々にしてあるので、期待のしすぎは禁物だが。

 ちなみに米国人にとってこの国民的ヒロインへの思い入れは相当に深く、その行方を探すことは今なおエネルギーを注ぐに値するらしい。海に沈んだ航空機の保存などに取り組む民間団体「タイガー」は、昨年5月に不時着した可能性のあるキリバスのニクマロロ島で人工物を収集し、現在はアメリアのDNAと照合している最中という。

 そうしたニュースを耳にして、もういい加減ゆっくり眠らせてやれよと思ってしまう一方、最期に関する謎が解けるかもしれないと胸躍らせる複雑な自分がいたりする。


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。