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地図とリアリズム [本(ほん)]

  せっかくのゴールデンウィークも、手ごわい頭痛と吐き気と疲労のおかげでどこへも行けず。アトピーの影響かと思っていたら、直前に頚椎ヘルニアでもあることが発覚してしまい、休日気分が台無しになってしまった。

 こんな時はひたすら寝るか、本を読むのが一番。体の機嫌を取りつつ、読めずにいた20冊を一気読みし、何とか帳尻を合わせた。来週は東京で旧車ショーがあることだし、これでよしとしたい。

 幸い、今回は「当たり」が多かった。特に良かったのが、織田武雄著「地図の歴史」(世界篇、日本篇)。古地図は古写真に負けないくらい好きで、暇をみてはネットを検索している。古今東西のさまざまな地図を取り上げ、それらの背景にある社会的・文化的事情や測量技術について概括した本書は、地図のおもしろさを再認識させてくれた。

地図の歴史 世界篇 (講談社現代新書 368)

地図の歴史 世界篇 (講談社現代新書 368)

  • 作者: 織田 武雄
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1974/01
  • メディア: 新書

 

  古地図の魅力は何といっても、たった1枚の絵から当時の人々の考え方や行動、技術力、暮らしぶりまで、あらゆることをうかがえる点にある。地理学の大家だった著者は、「世界篇」の前書きで、「地図は各時代、各民族の世界観を無言のうちに明らかにしている」と述べている。情報量の多さでは古写真をしのぐといっていい。

  地図の歴史は文字以上に古いといわれる。私が調べた範囲では、紀元前6000年に描かれたチャタルヒュイック(トルコ)の村落図が最も古く、やはり当時の生活を想像できるようだ。

ブログ・プトレマイオスの世界地図(15Cの複製図).jpg

  こちらはギリシャ人天文学者、クラウディオス・プトレマイオス(トレミー、90年ごろ~180年ごろ)が作製したのと同じ地図。トレミーは古代ローマ時代の人だが、古代ギリシャ天文学の集大成ともいうべき、偉大な業績を遺した。

  ひと目見たたけで、当時の学問や技術が現代人の想像を超えるレベルにあったことが分かる。特に欧州から小アジアにかけての正確さには驚くばかり。描かれているのは地球の4分の1ほどにすぎないが、交通の発達度合いを考えれば、やはり驚くべき広さといえる。 帝国の版図の広さと、交易範囲の広さがよく分かる。

  トレミーの地図では、初めて経緯線が用いられた。ガリレオ・ガリレイの伝記では、アリストテレスやトレミーの天動説は否定されるべき存在として取り上げられている。だが彼らがはるか大昔に、地球球体説など現代でも通用する数々の業績を遺したことは、ガリレオ以上に評価されていい。ローマ帝国下の学問を支えたのも、ローマ人ではなく、彼らギリシャ人だった。

ブログ・TO図.gif

  やはり欧州で作られた、「TO図」と呼ばれる世界地図。文字通り、アルファベットのTとOを組み合わせて世界を3分している。なぜ3分割かというと、当時は世界がアジア、ヨーロッパ、アフリカに3分されていると考えられていたため。当時は楽園のある東が方位上で上とされていたので、上がアジアということになる。トレミーの地図とは逆に、あまりに正確さを欠くことに驚いてしまう。

  というのも、TO図が作製されたのはトレミーの時代よりも後、中世なのだ。中世の欧州ではキリスト教が勢いを得、神学が発達した。聖書に書かれてあることが絶対的な真理とされ、古代ギリシャ科学は完全に忘れ去られ、地球球体説も異端の説として棄てられた。

  荘園を基礎にした中世の封建社会では、遠くに出かける必要がなかった。中近東やアフリカではイスラム勢力が台頭し、ヨーロッパ人の交易範囲は古代ローマ時代に比べ、かなり狭くなっていた。東西交易を内陸のシルクロードが支え、アラビア商人が仲介貿易で大儲けしたのもこの時代である。行動範囲が狭くなり、海上での交易が衰退したことで、精度の高い地図の需要がなくなったとみられる。

 対照的に、イスラム世界で作製された地図は、トレミーほどではないにせよ、かなり正確だ。古代ギリシャ科学の一部がイスラム世界に引き継がれ、ルネサンスに一役買った事実は、地図にもあてはまる。これが大航海時代以降になると、欧州の科学技術は格段に進歩し、地図精度も飛躍的に上がる。

 人類の歴史は科学技術の進歩と表裏一体の関係にあるが、科学技術は一貫して発展してきたわけではない。地図の歴史は、科学技術を支えるリアリズムの視点や思想が、時代や環境によって簡単に失われることを教えてくれる。


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